📅  2022-03-15

モンザンのイメージ論

🔖  Art🔖  Humanity

見ることの禁忌/血の禁忌


 まだ半分くらいですが、このところマリ=ジョゼ・モンザンの『まなざしの交換』(Le commerce des regards, Seuil, 2003)を読んでいます。モンザンは美学系の研究者で、宗教の問題からイメージ論を説き起こしているところが特徴的です。この著書でも、旧約と新約のイメージへのアプローチを、それぞれの聖書の記述から掘り下げて比較しています。なかなか面白いです。

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 第1章では、父親ノアの裸を見てしまったハムの逸話をテーマとして、イメージにとっての覆いの意味や、逸話に潜む近親相姦の禁忌、さらには血と汚れの近畿などを論じています。これを読むと、ホラー映画などでの流血がなぜに忌み嫌われるのかの一端が、そうした文化的な禁忌に根ざしているのかもしれない、と思ったりします。

 第2章になると、キリスト教での転換点として、パウロの書簡などが検討され、不純から純粋さへの昇華の問題が扱われています。キーとなっているのは、死せる身体から犠牲の肉体へ、肉体から聖体としての教会への変容の問題です。ギリシア語のソーマからサルクスを介してラテン語のコルプスへ。意味論的に必ずしも重ならない言葉をつなぐべく、イメージはそれらの仲介役を担った、という次第なのですね。このあたりは、モンザンの主著『イメージ、イコン、エコノミー(救済体系)——現代イメージャリーのビザンツ起源』(1996)に詳しい話です。

 モンザンの割と最近の著書が今年の始め、邦訳で出ています。『イメージは殺すことができるか』(澤田直、黒木秀房訳、法政大学出版局)。初の単著での邦訳ということです。状況に対して書かれた著書ではありますが、当然ながらモンザンの主要な主張がちりばめられています。たとえば次のような箇所ですね。

イメージは非類似性、つまり目に見えるものとまなざしの主体との隔たりのなかでのみ成立する(...)(p.24)
(...)媒介をコミュニケーション戦略や技術に矮小化する(中略)このような態度は、イメージの根本的な性質が非媒介性(中略)であること、媒介に対する原初的な抵抗であることを忘れている。(p.50)

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