変格SF?
エルヴェ・ル・ティリエ(Hervé le Tillier)のゴンクール受賞作(2021)、『異常【アノマリー】』(加藤かおり訳、早川書房、2022)を読了しました。いや〜、これは面白い。ほとんどSFです。ただ、大下宇陀児がみずからの探偵小説を本格ならぬ変格と称したように、これはいわば「変格SF」になるのでしょう……か。
ちょっとしたハードボイルドものを思わせる話から始まる本作は、その後、群像劇のようになっていきます。で、どの話にも飛行機が乱気流に巻き込まれた話が出てきます。それが結束点になっていくのだろうなと予想していると、どうやらそれが尋常ならぬ出来事らしかったことがわかってきます。
あんまり書くとネタバレっぽくなってしまいますが、連ドラの『マニフェスト』が、もっと違った話になったら、その可能性の一つとしてこれがあるかな、という感じでしょうか。「変格」だけに、本作の読ませどころは、なんといってもちりばめられた数々のパスティーシュだったり、ある種の思考実験だったり(ヴァーチャル理論とか神学論争とか、いろいろ出てきます)。
あらゆる現代小説はなんらかの思考実験でなくてはならない、と個人的には思っていますが、これは実に見事な思考実験になっていると思います。従来のゴンクール賞ものによくあった、とってもつまらない心理や情景の細部の描写などはなく、アメリカあたりのサスペンス小説の活劇的技法を大胆に取り込んだ作品になっていますね。フランスの文学賞も変わっていくのかな、という感じがします。個人的には大いに歓迎したいところです。