石ノ森作品は静止画的?
『シン・仮面ライダー』のプロモーション、ネットでもいろいろなところで見かける気がしますが(テコ入れという話もありますね)、いずれにしてもこれで個人的には俄然注目という感じなのが、石ノ森章太郎による原作漫画です。というわけで、さっそく通読してみました。幼少時に、友人宅で読んだ記憶がありますが、全部ではなかったかもしれません。とくに一文字隼人編はまったく覚えていないので(デジタル版の3巻め)、たぶん読んでいなかったのでしょう。
この3巻目、メインとなるのは最終話の「仮面の世界(マスカー・ワールド)」。『シン・仮面ライダー』の庵野監督が、どこぞの舞台挨拶で、続編のタイトルとして言及したという話ですが、なるほど確かにこの話は、通信メディア・機器を通じてヒトをコントロールする、みたいなデストピアの話で、現代的にタイムリーなテーマです。というか、石ノ森作品の先進性の一端を垣間見る思いです。
今回の『仮面ライダー』原作でも思ったのですが、石ノ森作品の作画は、躍動感がないわけではないにもかかわらず、どこか静止画的な感触が濃厚です。個人的にはとても好きなのですけどね。一続きのアクションというよりは、連続する動きの一部だけを切り取った、分解写真的な描写になっている感じがします。
ただ、それを石ノ森作品は、それをうまい具合に使って、ある種洗練された紙芝居的な風情に昇華していたと思います。このことは、後の作品となる『変身忍者嵐』とかでとりわけ顕著です。ときとして主要読者だった少年たちには難しいほどの、詩的表現になっていました。
作中に込められた社会批判的な部分も、とても詩的に処理していて興味深いものがあります。やはり後の作品『ロボット刑事』は、たしか原爆症を扱ったことで連載が中止されてしまったのだったと思いますが、幼心にも、こんな深い話が続かないなんて、と不条理な感覚を覚えたのが忘れられません。